分子遺伝マーカーを用いた

オオマルハナバチの地理的遺伝変異の分析

浅沼友子  指導教官:鷲谷いづみ

 

<導入・目的>   日本では1991年から,ハウストマトの授粉用としてヨーロッパからのセイヨウオオマルハナバチの本格的な輸入が始まった.導入当初から在来マルハナバチ相への影響が問題視され,数年前より在来種(オオマルハナバチ・クロマルハナバチ)の商品化が図られてきた.しかし,コロニー生産を目的とした女王バチの大量採集および室内飼育されたコロニーの移動・放飼は各地域の在来マルハナバチ個体群の遺伝子組成を撹乱するおそれがある.しかし,日本におけるマルハナバチ類の地域個体群間・内の遺伝的構造や遺伝子流動に関する研究例はなく,現状では,その影響評価が難しい.
 そこで本研究では,在来種における地域個体群間・内の遺伝的変異を把握することを目的とし,日本に広く分布するオオマルハナバチBombus hypocrita 地域個体群のマイクロサテライト変異の解析を行った.

<材料・方法>  オオマルハナバチは,北海道3地点,東北3地点,関東1地点,中部4地点から女王バチ計122個体,働きバチ計29個体を採集し,実験材料とした.また,フェノグラムを作成する際の外群として,セイヨウオオマルハナバチ商品の働きバチ50個体を実験材料とした.
 ハチの脚1本より粗抽出したDNAをテンプレートとして,PCR法によりマイクロサテライト領域を増幅した.マイクロサテライトの各遺伝子座を増幅するためのプライマーは,Estoup et al. がセイヨウオオマルハナバチ用に開発したものを利用した.増幅産物は,ポリアクリルアミド電気泳動法でおおまかなサイズの確認をした後,オートシークエンサーによってフラグメント解析を行いサイズを決定した.それぞれのフラグメントサイズを対立遺伝子とし,各個体の遺伝子型より個体群の遺伝子頻度を求めた.それに基づき個体群間の遺伝的距離を計算し,距離ワグナー法によって,各個体群の遺伝的関係を表すフェノグラムを作成した.

<結果>  オオマルハナバチで確認されたマイクロサテライト遺伝子座6座位のすべての遺伝子座に多型が認められた.1遺伝子座あたりの対立遺伝子数は,3〜16であった.平均へテロ接合度は,すべての個体群で0.5以上の値を示した.各地域の個体群の遺伝子組成をみると,いずれの地域でも非常に高い多型性が認められ,明確な地理的変異の傾向をつかむことは困難であった.
 北海道と本州以南で形態的に分類される亜種B. h. hypocritaB. h. sapporoensis も多くの対立遺伝子を共有しており,対立遺伝子頻度にも大きな差はみられなかった.そのため,ここで分析したマイクロサテライト座位の変異によって亜種を区別することは難しい.
 フェノグラムを作成した結果,計算方法の違いによって樹型は多少変化するものの,北海道3地点,岩手2地点の2つは遺伝的グループとして分類される傾向がみられた.特に岩手の2地域個体群は,遺伝子座B100において,他の個体群で頻度の高い対立遺伝子Oが全く見られなかった.

<考察>  オオマルハナバチでは,本研究で用いた6つのマイクロサテライト遺伝子座において対立遺伝子数およびヘテロ接合体頻度が高く,種内に豊富な遺伝的変異が存在することが示された.地域内の遺伝的変異が大きいことから,コロニー間レベルでの遺伝子流動を追跡する上での有効な遺伝子マーカーになると考えられる.
 地域間の遺伝的構造については,フェノグラムによって,いくつかの特徴が示された.北海道3地点より採集されたエゾオオマルハナバチ個体群は遺伝的に近く,また,岩手2地点で認められるグループも,ひとつの遺伝的グループをつくっていた.これらは海峡や山脈が地理的障害になって,遺伝子流動が制限されている結果と考えられた.
 調査した個体群数および個体数が限られているため、個体群間の遺伝的構造を明確に捉えることはできなかったが遺伝的変異に地理的な傾向があることが示唆された.このことは,在来種の商品化に関わる採集や放飼について,「地域」を充分に意識し慎重に行う必要があることを示している.


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